下僕の罪

最期の栄養チューブ

病院から帰宅後、朝ごはんを抜いていたので貰った鎮痛薬(オンシオール)と共に流動食をマウさんに与えました。
やはり、流し込まれるのが苦痛なのか、少し流すと逃げるように立ち上がりましたが、軽く撫でであげると諦めたのかゆっくり座りました。
また、ある程度流すと気になるのか、口をクチャクチャと動かしていました。

 

その後は少し眼を細めて、横たわっていましたが、痛み止めが効いたのか、効かなかったのかは結局わかりません。
軽く撫でてみましたがやはり痛みで辛いのか、眼を細めたままマウさんは動きませんでした。

 

その日の夕方、2度目の流動食です。
いつも通り、7ml前後を少しずつ流し込みます。
マウさんはもう足腰がたたないようで、うまく座ることも出来なくなっていました。
また、頭を支えることも辛いのか、すぐにうなだれてしまうため、首を少し持ち上げてから少しずつ流し込んでいきました。

違和感があるのか、苦しいのか、何度もよたよたと逃げようとしました。
下僕は「食べて栄養をつけないと癌に勝てないよ」といつものように言い聞かせながらご飯を流し込みました。

最後のシリンジを流し込むと、また口をクチャクチャと動かしていました。
落ち着いてから、水5mlと空気をそれぞれチューブへ流し込みました。

 

マウさんの最期

すぐにマウさんが力なく横に倒れこみました。
前足で力なく中空を何度も掻いています(※)。明らかにいつもの動きではありません。
マウさんに声をかけながら軽く揺すりました。

ガっという呼気の音と共にマウさんが大きく仰け反りました。

気管に入ってしまった!?

急ぎ身体を起こし、背中をさすりました。
吐き出す様子もなく、苦しそうに中空を掻き、再度仰け反りました。
その後、パタっと動きが止まりました。
身体に耳を当てると心音が小さくなり、すぐに消えていきました。

※後日、調べましたが死ぬ寸前の痙攣(遊泳行動?)だったかもしれません。
 いずれにせよ無理な給餌が死期を早めてしまいました...

 

身体を逆さにし、マウさんを揺さぶりました。呼吸は戻りません。
口を押さえ、息を吸い込みました。ゴボゴボと音はしますが、呼吸は戻りません。
この時、吸い出すのであれば真横やうつぶせなどにしてから吸い出すべきだったのです。
何度も心臓付近や肺付近を押し、揺さぶりながらマウさんの名前を呼びました。

 

5分ほど経ち...マウさんの命が失われたこと、いえ奪ってしまったことに気付きました。


私はマウさんが還るわけでもないのに、先生に「本当に経鼻チューブに問題はなかったのか」と怒りの連絡もしてしまいました。
当然、挿管に問題はないはずです。
あれば、始めの流動食を流した時点で肺に入っています。
下僕は自身がマウさんの命を奪ってしまったことを認められなかったのです。

 

電話を終え、静かに横たわったマウさんの口を覗き込みました。
あれほど頑なに閉じていた口がすんなり開きました。
喉の奥に流し込んだ黄土色の流動食が見えました。

食べ物が食道から胃に流れ込まず、逆流してしまったようでした。
今にして思えば、口をクチャクチャとしていた動きも、逆流した流動食を再度飲み込もうとしていた動きだったのでしょう。
マウさんはもともと毛玉などをあまり吐かない猫でした。
嘔吐が苦手で吐きたくても吐きにくい体質だったのかもしれません。
癌で筋力が衰え、飲み込む力も吐き出す力もなかったのかもしれません。
ただ、それがわかったところで何も変わりません。

 

ごめんなさい
下僕はマウさんを殺しました
ごめんなさい
下僕はマウさんを殺しました
ごめんなさい
下僕はマウさんを殺しました

 

だらりと力が抜けたマウさんを抱き、泣き喚きました。
マウさんの身体はまだほんのり温かく、滑らかな自慢の毛並みは全く損なわれていませんでした。
ただ、眼の輝きと命がたしかに失われていました。

一通り泣き喚いたあと、マウさんを連れ、母に報告しました。
母も泣き、悲しみました。

 

 

酷いことをしてしまった
苦しい治療をさせて、最期まで苦しませてしまった

 

失った哀しみは時間が癒してくれるはずです
ただ、この罪の意識は消えるのでしょうか
マウさんは許してくれるのでしょうか
自分は自身を許せるのでしょうか

 

この問いはまだ続いています。